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Danchi Guy

私は小学校3年から中学校1年までを団地で過ごしている。今でこそ団地というと、(あっ、察し…)になるようなところだけど、1970年頃までは「団地族」という言葉は最新のライフスタイル的なニュアンスだった。それまでは寝る場所にちゃぶ台を出して飯を食うというのが一般的だったのが、「食寝分離」という考えの元、日本独特のダイニングキッチンという間取りを取り入れて広めたのが日本住宅公団だった。とはいっても、1970年頃には、テーブルで食事、内風呂は当たり前、水洗トイレも普通になってきてはいたけど。


大規模な団地は、交通手段から計画的に作られて、「ニュータウン」という呼び名が多かった。東京だと多摩、大阪だと千里、この辺だと高蔵寺ニュータウンとか。桃花台も大コケしたけど、ニュータウンだ。


私の住んでいた枚方市の中宮団地は、そういったニュータウンよりは小規模(でも70棟以上あったはず)で、低層型。(エレベータ設置義務のない5階建て)場所は1939年に事故で大爆発を起こした禁野火薬庫の跡地をまたぐ形で作られていて、第三団地は1969年建造された。1970年の春に入居しているから、いまから考えると、抽選に当たったんだとおもう。


団地萌えというジャンルがあるけど、あれは住んだことのある人とない人ではちょっとニュアンスが違うんじゃないかと思う。住んだことのない人にとっては昭和レトロなオブジェクトでしかないんだけど、住んだことのある人にとっては、高度成長期の子供としてみていた風景だから、郷愁度が半端ない。


どの団地も高齢化が進んでいるんだけど、低層型はまだ融通が利きやすく、中宮団地では、賃貸物件にして、近くの大学生向けに貸し出してるみたい。ちなみに桃花台は大コケしたおかげで、入居時期にばらつきが出て、街としては比較的健全な状態を保っているという皮肉。


んで住宅公団は現在URという、ソシャゲ心をくすぐる名前になっているんだけど、そこの空き部屋情報を見ていたら、なんと住んでいた部屋そのもの(棟と部屋番号がいっしょ)が貸し出されているのを発見。結構いい値段するんだな…(共益費込みで6万弱)


まあ坂道とはいえ、最寄りの御殿山駅まで徒歩10分強、バスに乗れば快速特急以外全部停車する枚方市駅まで10分でいけるので、京都と大阪の間全ての場所に便利だし、大学生以外の需要もあるんだろう。


流石に中はリフォームされているので、面影はないけど、ベランダの狭さや、間取り図なんかは一緒なので、ちょっと懐かしかったりもする。



和室2の四畳半が子供部屋だった。(弟と共用)







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